一通目の手紙 (Lettres portugaises ポルトガルの尼僧の恋文)
愛しいあなた、
どんなに自分が浅はかな人間か、思ってもみました?
あなたの本性がわかりました。
見せ掛けの希望で、私を裏切ったのです。
こんなに惨めな思いをさせられるなんて!
喜びの予感を注いで掻き立たせてくれた情熱は
今や、つまらぬ失望でしかないのね。
これに見合うのは、その元凶、
残酷な見限りという仕打ちだけ。
この身の悲痛がいかに機知に長けていて、
あなたがいらっしゃらない、この惨状に、
名を授けようとしたところで、
どんなに痛ましい言葉でも足りないはず!
多くの愛を映してきたこの両の目は
あなたを失えば、永遠に盲いてしまいます。
私を歓びで溢れんばかりにし、
他の全てに取って代わり、
終には、この身を満たしたような
そんな風姿や光景を見せてくれたのは、
本当にこの瞳だったのでしょうか?
ああ!私の両目を生き生きと輝かせた
唯一の光を奪われ、もう涙しか残ってない。
その使い道だって、ただ止め処ない嘆きだけ。
あなたと距離を置くことのは、
この身には、とても耐えられません。
そうしようと心をお決めになっていたのなら、
たちまち私は死に追いやられるでしょう。
この憂き目は、只々あなたのせい、
だけどこの不幸すら、愛おしく思えます。
あなたにお会いしたとたん、
私の命はこの殿方に、と決めたのです。
喜んでこの身を捧げましょう。
日がな一日何度も、あなたを想ってため息をつき、
その嘆息は至るところ、あなたを慕い求め、
けれど、満たされない心に返ってくるのは、
不運が寄こす手厳しい忠告だけ。
絶えまなく、容赦なく、釘を刺してくるのです。
止せ、止せ、不幸なマリアーヌ
むなしく、自分を苦しめるな
二度と会えない恋人を待ち焦がれるな
海を渡ってお前から逃げ
フランスで享楽に酔いしれ
お前の苦しみを一顧だにせず
そのほとばしる熱情を免れている
お前の愛情を有難いとも思ってない
いえ、それでもあなたを悪く思いきれません。
潔白であってほしい。
私のことをお忘れになってしまったなんて、
微塵も思いたくないのです。
こんなまやかしの疑念に苛まれなければ、
この苦しみは消えますか?
愛を証そうと心尽くしてくださった、
その思い出を、何故ことごとく
捨てようとしなければなりませんの?
あなたの心遣いに魅入られました。
かつて愛の証しに胸を躍らせたときの
熱い気持ちで、もはやあなたを愛しはしないなら、
私はなんてつれない女でしょうね。
素敵な日々の思い出が、どうして
残酷なものになりうるでしょうか?
この思い出たちは、その本来とはさかしまに、
私の心を押しつぶす役だけを
担わなければならないのですか?
ああ!先だってのあなたのお便りが、
私の心をいびつに追いつめたのよ。
ひどく傷ついて動揺した心は、
あなたの許へと、この身から抜け出さんばかり。
激しい思いに圧倒されて
数刻の間、放心したままでした。
あなたに捧げた命、
あなたのために失うべき人生へと戻ることに、
とまどいを覚えたのです。
もはや、あなたのために命を保つこともできないのだから。
心ならずも、やがて、再び光を見出しました。
愛のために今にも死んでしまいそう、
こう思い込んだのです。
するともう、あなたがいらっしゃらない苦しみに裂けた心へ
目を向ける恐れもなくなって、とても安らかな心地。
この出来事以来、
様々な身体の不調に見舞われました。
だけど、この先あなたにお会いしない限り、
決して痛みを感じないなんて時があるでしょうか?
そうはいっても、何も恨みつらみは申し上げず、
苦痛に耐えます。
あなたに授かった痛みですもの。
どういうことなの?
あなたを優しく愛した報いがこれですか?
だけど、かまわない。
私は生涯、あなたを愛すと決めました。
他の殿方に目移りなど絶対にしません。
あなたも、浮気なさらないのが賢明です。
私の想いの激しさには到底及ばない、
他の女の愛情なんて、物足りないでしょう?
きっと、私などよりもっと
美しいご婦人と遭遇なさるだろうけど、
(かつては私のこと、とても綺麗だと
おっしゃってくださったのにね)
満足いくほどの愛は、決して見出されないはず。
他は皆、つまらぬ者たちです。
もう、お手紙を余計な言葉で一杯になさらないで。
もう、あなたを思い出させるようなことしたためないで。
あなたを忘れられません。
いつか私に会いにいらっしゃるという
望みをくれたことも忘れてません。
一体どうして、生涯私の許で
過ごしてくださろうと思わないの?
もし、この灰色の僧院から離れられたら、
このポルトガルの地で、
あなたの約束が叶うのを待ったりしません。
節度など捨ててしまえるなら、あなたを慕って、
どこにだって追いかけていくのに。
そんなことができるなんて、
大それたことは考えておりません。
胸のうちに、希望を温める気も毛頭ありません。
確かにそれは、幾ばくかの喜びを与えてくれるだろうけど、
もう悲痛しか感じたくないのです。
でも実を言えば、兄弟があなたに手紙を書くことを
許してくださったのに感激して、
私に巣食う絶望は、しばし鳴りを潜めました。
お願いですから、教えてください。
私を捨てねばならぬと、とうに分かっていらっしゃいながら、
どうしてあんな風に、とりこにしようとなさったの?
どうして、私を憂き目にあわすことなどに夢中になったの?
この僧院で平穏に居させてくださらなかったの?
何かあなたのお気に障りましたか?
けれども、お許しください。
あなたを何ら責めはしません。
復讐など考えられる状態ではありません。
ただ、自らの辛い運命を訴えているだけです。
お互い離れ離れになってから、
私達の間で考えられるかぎりの、
恐ろしいことが起きてしまったみたい。
その災いでさえ、私達の心をバラバラにはできないわ。
愛は、恐れよりも強いもの、
二人の心を、一生結びつけてくれるのです。
いくらかでも私の運命に関心をお持ちなら、
折にふれ、お便りくださいませ。
あなたの心境やご様子を知らせようと
気にかけてくださってもいいはず。
何よりもまず、私に会いにいらして。
ごきげんよう。
この紙片が名残惜しいのです。
あなたの両手に収まるのでしょう。
私もそんな幸せに恵まれたいのに。
まったくもう!どうかしてますわね。
そんなことありえないのは、充々承知です。
さようなら。もうどうにもなりません。
ごきげんよう。いつも私のこと想っていて。
そして私のこと、もっといっそう苦しめて。
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コメント
悲しすぎる・・・。
投稿: ゲヘ | 2009-12-09 00:00